教養としての世界の名言 365

教養としての世界の名言 365

本を読む目的

自分は割と本を読む方だと思う。常に本を持って少しの時間でも読むようにしている。

本を読む目的は

  • 本の世界に入り込んだときの心地よさを味わいたいから
  • 次に登場人物や作者の言動・生き方に触れて自分の人生の判断材料となるような考えを持ちたいから
  • 次に興味のあることなどについて知りたい、調べたいから

そういう考えで年間70冊くらい読んでいると、次に何を読もうか考えるようになる。最初はネットでおすすめ小説などと検索して探していたが、最近は伊集院静氏や佐藤優氏などが紹介している本を買っています。ネットのおすすめより、面白い本が読めます。

 

教養としての名言 365日

佐藤優氏監修の「教養としての名言365日」をこれから読もうと思います。

佐藤氏のおすすめ数本の中で哲学的な内容でのおすすめ本を読んで非常に面白く読めたことがきっかけで佐藤氏のことは覚えていて、佐藤氏の監修ということで購入しました。

 

あることをしたために不正である場合だけでなく、あることをしないために不正である場合も少なくない。

この本の最初の1ページ目はマルクス・アウレリアス・アントニヌスの言葉です。ローマ帝国の代16代皇帝の人です。

この言葉が最初に来るとは自分の今と重なり合います。

あることをしないために不正である場合とは、不正を見て見ぬ振りをすることが当てはまると思う。小さなことまで入れれば毎日のように見て見ぬ振りをしているように思う。会社で部下に注意をしない。街で若者に注意をしない。相手のしていることが法に触れることではなくても、人に迷惑をかけている場合や他人に迷惑をかけている場合に見て見ぬふりをすれば、自責の念にかられるときもあるが、しばらくすると忘れてします。

自分も長野に転勤して長野の会社で過去10年以上に渡り会社の金を横領している社員を告訴した。横領がわかったときにはすでに退職しており、決算も済んだ金であるため「ほっといたらええ」と言われこともありましたが、2年半証拠集めに振り回され、告訴しました。

横領を明らかにしても金が戻ってくるとは思えませんが自分の気持が見て見ぬ振りができませんでした。こんな事があったタイミングでこの言葉がでてくるとは何かを感じます。

 

やるべきことをやるべきときに何もしないことは、不正として問われることはほとんどありませんが、自分ではわかります。悪いことをわかってするひとはあんまりいないと思いますが、見て見ぬ振りはそれも時には不正であると思っていきたいと思います。