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余命10年 小阪流加さんの小説は時間は有限であることを意識させられる小説でした。

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本屋さんで目に止まって、気がつけば手にとっていました。

「余命10年」というタイトルと表紙の若いカップル、「君と出会ってこの世界が愛おしくなった」という

サブタイトルに映画化されたという説明。

ストーリーが想像できる表紙の内容であったが、逆にそれが読んでみようという気になった。

想像通り主人公の女の子が不治の病で余命10年の宣告を受ける。

残された10年をどう生きるのかがテーマの本です。

時間は有限であると意識して往きているのだろうか

時間は有限である。具体的には自分にとって(人やありとあらゆる生き物にとって)人生は有限である。

自分も元気ではあるが人生80年と考えれば余命30年足らずである。

しかしこの本の主人公のように、自分の死や残された時間を意識することはあまりない。

残された人生の人生設計などは考えるが、それはこの主人公の余命10年を突きつけられた感覚とは

違うような気がする。

余命10年と残された寿命10年との違い。

余命10年も残りの寿命10年も確実に訪れるものではない。病気で余命10年ならその間に

医療の進歩によって、治るかもしれない。寿命なら10年の過ごし方によって寿命を伸ばすことが

できるかもしれない。そういう面では一緒かもしれない。

でも十分に生きて寿命残り10年なら受け入れられるかもしれないが、若くして余命10年なら

簡単には受け入れられないと思う。

余命10年の言われたら何をするのか

余命10年と宣告を受けた若い主人公が残された人生で何をしたいと思うのか?

宣告を受ける前からの関わりのある人との過ごし方、関わり方を考えると思う。

まず家族 親兄弟といかに感謝をを伝えながら普通の生活をしていけるか?

別に思い出つくりとかではなく、何もなかったのように会話して一緒に食事してそして

有難うと言う。それだけのことだけどそれが大切に思う。

そして友達とのこと。仲の良かった友達との過ごし方や、昔意地悪をしてしまった友達に対して

「ごめんね」を言いに行くこと。

自分があと数年で死ぬとしたらやっておきたいこととは、何かを考えさせられました。

余命10年を宣告されてからの恋

余命10年しかないのなら恋もしてみたいと思うだろうと思うが、実際は恋人ができたとして

一緒に人生を歩んでいけるわけでもなく、かえって苦しむことになる。

それがわかっていても、惹かれ合ってしまうこともある。結局それで余命10年のことで

苦しんでしまう。

読んでる最中から泣けてくる本でしたが、自分が余命10年と言われたら、何をするのか

元気な今に、余命10年の気持ちを持って着ることがたいせてであると思わせられる本でした。

 

 

 

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